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5/10

俳優の北村和夫さんが亡くなった。享年80歳。

他劇団の役者さんで大ベテランの北村さん。私が共演したのは田村正和さん主演の「乾いて候」の公演。再演・再々演と3度北村さんの吉宗候と共に江戸城の板の上に立たせてもらった。
次にどんなセリフが出てくるか分らない緊張感の中(笑)、舞台は進んでいたように覚えている。

忘れられないエピソードがある。

あれは再々演の新橋演舞場での舞台でのこと。
午後4:40頃、東京を大きな地震が襲った。近年の東京にしては驚くほどの規模。
そしてその一瞬の瞬間、私はまさに舞台の上、しかも暗転転換中で暗闇のなかスタンバイをしている状態だった。

地震が起きた瞬間、舞台セットは揺れ、照明からは埃や紙吹雪など落ちてきて、客席からは悲鳴とざわめき・・・
場内パニックになった状態だった。
私の横に座っていた女優も大声で叫び、私は舞台上で固まりながら「さてどうするんだろう…」と考えていた。これは明るくなって続けるのだろうか、それともこのまま中断するのだろうか…

幸い、舞台が徐々に明るくなり次の場が始まる頃には、地震も治まりかけていた…しかし客席は依然として騒然としたまま。これではいくら私たちが芝居をしても、舞台に集中してはもらえない。
すると、北村さんは何を思ったのか、大きな声で「静まれ~、静まれ~。皆の者、静まれ~~~」と手を客席にだし、騒ぎを制したのだ。
それにより、客席は落ち着きを取り戻し、そして芝居は何事もなく続けられた。

さすが、ベテラン!何があっても動じないその姿!

私は袖に引っ込んだとき北村さんに「北村さんのおかげでみんな落ち着いて芝居ができました。ありがとうございます。」と言ったところ、北村さんは本当にうれしそうにこうおっしゃった。

「実はね、文学座の芝居で北海道での公演の際、大地震が起こったんだ。
僕は真っ先に舞台から逃げ出したんだけど、でも杉村さんだけは、何事もないように地震の中でも芝居を続けていたんだよ。
僕はね、心に誓ったんだ。”今度地震があったら、絶対逃げず、何事もないように芝居を続けるぞ”ってね。」

舞台上で地震を経験する役者はそう多くない。きっと北村さんはこの地震の瞬間、「いまだ!!!」と思ったに違いない。
そして自信をもって、客席と舞台上を鎮めたのだ

いつもお茶目で愛すべき大先輩だった北村さん。安らかにお眠りください。

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