カフェでのんびりしていたら、こんな会話に笑った
– ・・・いやいや、プロ野球。
– えー、プロは無理だろう。
– でもさ、簡単そうじゃん。アンパイアは無理だけどよ、三塁審くらいならできそう。
– あれって結構難しい資格がいるだろう。
– 草野球とかなら、シミズさんでもできるかもよ。
– いや、やっぱプロ野球がいいよ。手をあげたりすればいいんだろう。簡単だよ。
– ダメだって。高校野球でも各都道府県に登録している正式な人しかできないはずだよ。
– 大体さ、シミズさん野球したことあるの?
– いや、ない。あれってやっぱり野球経験者なのか?プロでやっていけなかった人?
– さぁ、それはよく分かんないけど・・・。
– シミズさんができるのは、ゲートボールの審判くらいじゃない?
話しているのはスーツ姿の60歳近いおじさん4人組。
シミズさんらしき人は、しきりにプロ野球の審判の話をしている。仲間も笑いながらも真剣に返事する。
その姿は生き生きとしていた。
・・・そして、その後話は、健康自慢、体力自慢へと移って行った。
大人って・・・。
もうあと数年で40歳を迎えるアラフォー世代の私としては、
時々本当に不思議になることがある。
10代のころ、30代後半といえば、立派なおばちゃん。
いえいえ25歳くらいでもおばちゃんと思っていた。
それが、いま。
その20代を過ぎ、あと数年で30代も終わりを迎えようとしているいま。
大人って、こんなものかなぁ。と思ってしまう。
そういえば、母が私の年齢だったころ、私は高校生。
多感で反抗的で可愛げなくて・・・。
そんな高校生がいたら、そりゃ、真っ向から喧嘩するわね(笑)
その当時は、
大人は、子供みたいになんでも怒ったり悲しんだりしないもの、だと思っていた。
だって大人だから。
大人になったら、もっと心も頭も賢くなると思っていた。
だって大人だから。
でも、子供も大人も一緒。
だって、人間だもの。
いくつになっても、感情は変わらない。
嬉しいことには喜ぶし、
悲しいことには涙するし、
ムカつくことには怒るし、
寂しいことには傷つく。
少しだけ、隠す術を身につけただけ・・・。
その分だけ、傷や喜びも深くなっているのかもしれない。
全ての感動は、
経験を積むことによってより深くなる・・・と私は思う。
例えば、山の頂から見る夜明け。
幼い子供にとっては、ほかに比べるもののない「初めての風景」
大人にとっては、いままでの人生でみたことにない「初めての風景」
経験って、すごいよね。
でもどんなに経験を積んでも、心は子供のころと何も変わっていない大人たち。
だからね、隠す術を身につけたことによって、より不器用になっている大人がたくさんいるんだよね。
さて、今日のおじさん4人組。
とても可愛くて、私は読んでいる本もそっちのけで、おじさんたちの会話に集中してしまった。
おじさんたちはコーヒーを飲み終えると、たくさんの部下たちが待つオフィスに帰っていく・・・。
そこでは、上手に感情を隠す術を身につけたおじさんたちがいるのだろう。
でも、4人で話しているおじさんたちは、いくつになっても少年の時と同じままのおバカな会話。
思わず、頬が緩んでしまう私だった。