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財布を忘れた。
気付いたのは駅に着いてから・・・。

こんなときこそ!
私が取り出したのはもしものときの5000円札。
こういういざというときのために私は手帳の裏表紙ににいつも5000円を忍ばせている。
この5000円、お年玉袋に入っている。
実はこれは亡くなった祖母が最後にくれたお小遣いの袋だった。

祖母は初の内孫である私をとても可愛がってくれた。
高校時代は休みになると、一人で京都にいる祖母のもとへ行っていた記憶がある。
私が大学生になってから、祖母は一人で生活することが困難になり、千葉の私の実家で生活をするようになった。
寂しさのあまり少しボケが始まっていたようである。
しかし千葉に来てからはすこぶる元気に機嫌よく、みんなにダメだと言われている犬の散歩までナイショで行っていた。

そんな祖母から、私は大人になってからも時々お小遣いをもらった。
祖母にとっては私は小さい子供のままだった違いない。
祖母はやはりボケているのか、イマイチ分からないが、お年玉ポーチに100円とか50円しか入っていないこともしばしばあった。
それでも私は大げさに喜び毎回お小遣いを受け取っていた。

そんな祖母がある日また「はい、聖子ちゃん、とっときや~。お母さんにはナイショやで。」と言って、小さなお年玉袋をくれた。
その中には珍しくなんと5000円札!お、ボケが治ったか??
それでも私はいつもと変わらぬ態度で受け取った。

それから数ヵ月後、祖母は息を引き取った。
84歳大往生。
千葉の私の田野家から、自分の娘たちの家3箇所を半年近くかけてまわり、そしてまた千葉に戻ってきて、夕飯に松茸とステーキをパクパク食べた次の日。
苦しむ間もなく、亡くなった。
最後の集中治療室には、「ニ親等までしか入れません」という非情な看護婦さんの言葉に私がいくら号泣して頼んでも、入れなかった。

そして私の手元に残ったのは、5000円が入っていたお年玉袋だった。

以後、ずっとそのお年玉袋はもしものときの5000円札入れ、私の手帳に常に入っている。
おっちょこちょいな私は祖母にいつも助けられる。
今日もまた助かったよ、おばあちゃん、ありがとネ!

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