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10/17

このごろ地方での仕事が続いて、新幹線をよく使うので、新幹線ネタをもう一つ・・・。

一番印象深い新幹線の旅、それは数年前の中部地方を襲った豪雨の日のこと。

その日私は福井で仕事を1本終え、東京に向かう電車に乗った。
確か17:00過ぎだったと記憶している。
ずっと降り続いている雨が激しさを増し、いや~な予感がする中、米原で新幹線に乗り換えた。
すると、米原の改札で、「新幹線、今、運転を見合わせているので、車内でお待ちください。」とのこと。
「発車するんですよね?」と聞いたところ、「はい、遅れますが発車はする予定です。」

というわけで、ホームに止まっている新幹線に乗り、約1時間。
「お急ぎのところ大変お待たせいたしました」のアナウンスと共に発車。
ノロノロ運転の中、岐阜羽島へ。

名古屋まであと一駅、という岐阜羽島の駅。
しかし、そこからが悪夢の始まりだった。
とにかく、とりあえず岐阜羽島まで動いたものの、岐阜羽島-名古屋間が水没。
どうにも動かなくなっているらしかった。

「発車が何時になるか、目処が立ちません」というアナウンスが繰り返しホームで流れる中、時間だけが刻々と過ぎていく。
次の日、東京で仕事を控えていた私は、関係者にすぐ電話をして連絡。
でも、このときはまだ多少遅れても翌日現場には入れると思っていた・・・。

ところが!
日付が変わっても雨は激しくなる一方。
改札では、駅員に詰め寄る乗客でごった返し、ホームも人があふれ帰っていた。
売店ではお弁当を始め食料類はほとんどなく、私が手に入れたものはお土産用の饅頭のみ。
新幹線が4台ホームにたまっていたが、そのいづれも、バッテリーが少なくなり、長い車両のうち開けていられるドアが2つだけ!
車内のトイレも水がなくなり、トイレは駅構内まで降りていかなければならない。
9月の暑い最中だったが、クーラーももちろんバッテリー不足のためつけることが出来ない。
既に改札は開放しており、全員自由に外に行き来は出来る状態だったが、岐阜羽島駅の周辺は見事なほど閑散としていて、コンビニを探しにいった乗客が「歩いて40分くらいのところに1件コンビにがあった」と報告する始末。
大雨の中40分も歩く勇気のない大多数の乗客たちは、そこで諦める。

初めて経験した状況の中、私は一人ぼっちだったので、饅頭と売店でゲットした単行本を手に、隣ののぞみ号の普段は乗らないグリーン車の開いている席に座り、寝ることにした。

朝、5:00過ぎ、2時間くらいしか眠れず目が覚めると、そこは戦場だった!
空腹状態の子供が泣き叫び、サラリーマンは駅員に怒鳴りまくる。
どこから来たのかマスコミのカメラがその状況を取材。
8:00を過ぎたころ、やっとどこからかお弁当が売店へ補充された。
さすがにお腹が空いた私も買いに売店居並んでみたが・・・・、すごい行列。
特に母親は何とか子供たちに食べさせるため必死。
・・・・私は絶対諦めて先に死ぬタイプだわ・・・と思いつつ、行列に並ぶ元気もなく、隣の売店のスナック菓子で空腹を満たした。

そうやって時間が過ぎ・・・やっと発車したのが、昼の2:00くらい。
発車の放送を聞いて、一番先に発車するのぞみ号に乗客は集まってきた。
運良く、その列車に乗っていた私はそのままグリーン車を陣取り東京に向かった。
発車してすぐ、外の景色を眺めたところ・・・畑も家も泥水に埋まっていた。
知らない人たちと、「こりゃ、発車できないわ・・・」と話しながら、名古屋へ。
名古屋を過ぎてやっと、おにぎり2つを支給され、やっと一息つく。
列車は新幹線とは思えないタラタラした速度で東京へ進んていった。

都内の見慣れた風景がこれほど嬉しかったことはない。
東京駅に着く直前、車内アナウンスで「○○発、のぞみ○○○号、ただいま、26時間○○分の遅れを持ちまして東京駅に到着いたします」。
満員状態で見知らぬ人同士だったが、あの戦場をくぐりぬけてきた同士、一斉に苦笑し「26時間って・・・・」と絶句したのを覚えている。

ちょっとしたパニック状態、飢餓状況。
今考えたら貴重な体験かも・・・。
でも、二度と味わいたくはない。

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