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2003

12/26

このごろいろんなところで「HP見ていますよ」と声をかけられる。

先日は後輩の女の子が「うちの母が聖子さんのHPのファンなんです」と声をかけてもらった。
なんか思いっきり気恥ずかしい…。それと同時にとても嬉しかった。
Yさんのお母さん、ありがとうございます。

このごろ忙しさにかまけて更新をさぼり気味な私のお尻を叩いてくれて、みなさま、ありがとう。
そしてこのHPをここまで続けてこれたのも、応援してくださってるみなさんがいるお陰!
私は恵まれてるな、とつくづく思う。

来年の年明けがみなさまにとって素敵な幕開けになりますように・・・。
・・・で、来年もよろしくお願いいたします。

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12/15

私の前世はユダヤ人・・・。
小さいころからそう信じていた。

それは、繰り返し繰り返し見た夢の中の出来事。

幼い私は、家族と隠れ家に住んでいる。
その隠れ家が見つかり、裏口から出た私たちは明け方の街を必死で逃げまわる。
途中家族とはぐれた私は幼馴染の男の子と手をつなぎ必死で薄暗い街の中を走った。
灰色の街の中、大きな建物の角を曲がると・・・そこには鉤十時の軍服姿の2人の大人が・・・。

そこでいつも目が覚める。
その後2人はどうなったのか・・・その先は一度も見たことがない、不思議な夢。
中学生になって見なくなったが、それはもしかしたら幼いころに無意識で見たTVのイメージがそのまま残っているのかもしれない。
でも、その皮膚感ははっきりと私の感覚としてリアルに存在している。

先日私の知人が腕にナンバーを彫られているユダヤ人夫妻と知り合った。
彼らは強制収容所に入っていたときにナンバーを彫られたそうだ。
仲間が一人一人どこかに送られてゆく中、ギリギリで戦争は終わった・・・。
しかし、その腕には紛れもない歴史が刻み込まれている。

私も彼らと同じ収容所にいたかもしれない。
そう思うと、夢で感じたあのリアルな感覚が、胸を切り裂く。

戦争の傷跡・・・戦争を知らない私たち世代にも、絶対感じる瞬間はあるはずだ。
歴史は消えないから・・・。

 

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11/25

人間の出会いは運命・・・

地球上には何億という人が生きていて、その中で出会えるのはほんの一握りの人間。
ほんの少しのタイミングがずれれば出会うことのない人がたくさんいる。
そういう人と出会うことができたとき、幸せだな~と思う。

あのとき、あの場所で、ああしなければ、絶対出会うことはなかった
・・・そういう人物が自分の人生においてとてつもなく大きな存在になったとき、そこに自分ではどうすることもできない運命を感じたりもする。

今、コレを読んでいるあなた。
ちょっとしたタイミングでこの文章と出会ってくれて・・・

ありがとう。

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10/14

最近ある事情のため、実に○十年ぶりに勉強なんていうものに取り組んでいる。
すると・・・つくづく自分はなんて怠け者なんだと・・・笑えてくる。

そういえば、学生時代、勉強、大嫌いだった!
まぁ、好きな人は少ないとは思うが・・・。
テスト勉強も机の前に座ってる時間は長いけど、それだけ。何もしない。
普段見もしない机の周りにある本やアルバムなどに異様に興味がわき、普段は怒られても片付けない部屋を掃除し・・・。
そして、やることがなくなると「頭を少し休ませてからの方が効率があがる」とベットに小一時間倒れこむ。
そうして時間がなくなり、結局泣きそうになりながらテストに臨む。

この繰り返し。

なんて私は怠け者なんだろうと・・・ちょっぴり落ち込む。

それはやはり大人になった今も変わらない。
ダラダラ先延ばし、ベットへの倒れこみ・・・。

人間ってそうそう性格も性質も変わるのもではない・・・んだね。
成長していない自分を自覚させられて・・・なんか笑えた。

そして泣き笑いしながら、夜中に机に向かう自分がいる。

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9/20

「広島」という都市を訪れて思うこと・・・

58年前、実際に起きた事実。
街中を歩くと、どこもかしこに歴史の跡を感じる。

実際の土地が持つ力はすごい。

幼いころから、原爆の資料やTV特集などは見てきたので、遺留品や資料に新しい発見があるわけではない。
しかし、実際に起きたこの土地で人々の叫びを目の当たりにするというのは、他の資料館で見るのとは全く違う。
胸の奥が疼く。

NYを訪れた際、ブルックリン橋から大きな2つのタワーが消えたマンハッタンを見た。
愕然とした。
TVでは何度もその映像を見ているはずだが、実際の場所を訪れると心に突き刺さる。
グランドゼロに新しい建築物が建つことに決まった数日後、その地を訪れたが、既にフェンスいっぱいにかかっていた世界中の人からのメッセージは取り外され、
工事のための準備が始まっていた。

「グランドゼロをどうするか」
いろんな案があったと言う。
事件に実際遭った方々からすると、一日も早く忘れたいという気持ちでいっぱいであろう。
あの場所にテロを彷彿させるものがあるのが耐えられないのだとは思う。

しかし・・・
こうやって広島の平和公園を訪れると、こうやって後世に残すことの意味の大きさを改めて考える。
広島でも、この地や原爆ドームを残すことに反対だった方も多いと聞く。
当然のことだと思う。
でも、残した。
そしてこの地を訪れる、私たち当時を知らない世代や世界中の人々に真実のメッセージを残している。

残す勇気、残す希望、残す決意・・・

「75年間は生物は存在できず、草木も生えない」
そう言われていた広島市内。
そして今、緑は青々茂り、人々が笑顔で川沿いを歩く・・・

眩い太陽を仰ぎ見ながら、58年前のこの地を想った。

 

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