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October 2002

10/23

ハルオさんがあの世にいってしまった・・・。

ハルオさんは実は2代目。
1代目は「幸福の木」。
飼い猫のロビンフッドが子猫のころ、おもちゃ代わりに木登りをして遊んでいるうちに亡くなってしまった。

そして2代目は3兄弟、長男、次男、三男が一つの鉢に同居するサボテンくんだった。
このハルオさん、弱肉強食!
一番大きい長男が元気いっぱい育っていくと共に、次男、三男はどんどんしおれていき、まず一番小さい三男が根元から倒れた。
その後すぐ次男も他界。
長男だけがすくすくと成長をし、私の背も超えてしまった!

購入するときに店員のお姉さんが「3ヶ月にに1回くらいたっぷり水をあげればそれ以上は要りません。」と言っていたように、
1ヶ月くらいうちを留守にしても、元気いっぱい。
それどころか確実に伸びていってた。

5年近くも一緒に暮らしてきたことになる。
病気もしないイイ子だった。
それがなぜ・・・。

実は、私が殺した!

先日、かなり大きくなったハルオさんを見上げながらもう半年近くも水をあげていないことを思い出し、
たまには水をあげなきゃと、薬缶一杯の水をハルオさんにあげた。
半年も水をあげてないのに生命力があるなぁ・・・と思いながら。

翌日、異変が起きた。
朝、目が覚めると部屋の様子がおかしい。
最初は何か分からなかったが、ハッとした!
ハルオさんが真っ黒なのだ!
上半分が真っ黒、そのうち2,3時間するとあっという間に根元まで黒くなってしまった。
昨日までは青々としていたのに・・・。
触ってみるとぶよぶよになっていた。

悲しかった。
何が起こったのだろう・・・。
まず、半年水をやらなかったのが悪かったのか?
それとも知らず知らずのうちに水など必要ない体になってしまったのだろうか・・・。
それにしても、夜あげて翌朝すぐにこんな状態になるとは・・・!

その後ハルオさんは近所の公園に埋葬した。
我が家はハルオさんのおうち・・・陶器の大きな壷のみがそのまま置かれている。
何か足りない、そんな妙な感じが続いている。

ごめんね、ハルオさん。
安からに・・・・。

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10/17

このごろ地方での仕事が続いて、新幹線をよく使うので、新幹線ネタをもう一つ・・・。

一番印象深い新幹線の旅、それは数年前の中部地方を襲った豪雨の日のこと。

その日私は福井で仕事を1本終え、東京に向かう電車に乗った。
確か17:00過ぎだったと記憶している。
ずっと降り続いている雨が激しさを増し、いや~な予感がする中、米原で新幹線に乗り換えた。
すると、米原の改札で、「新幹線、今、運転を見合わせているので、車内でお待ちください。」とのこと。
「発車するんですよね?」と聞いたところ、「はい、遅れますが発車はする予定です。」

というわけで、ホームに止まっている新幹線に乗り、約1時間。
「お急ぎのところ大変お待たせいたしました」のアナウンスと共に発車。
ノロノロ運転の中、岐阜羽島へ。

名古屋まであと一駅、という岐阜羽島の駅。
しかし、そこからが悪夢の始まりだった。
とにかく、とりあえず岐阜羽島まで動いたものの、岐阜羽島-名古屋間が水没。
どうにも動かなくなっているらしかった。

「発車が何時になるか、目処が立ちません」というアナウンスが繰り返しホームで流れる中、時間だけが刻々と過ぎていく。
次の日、東京で仕事を控えていた私は、関係者にすぐ電話をして連絡。
でも、このときはまだ多少遅れても翌日現場には入れると思っていた・・・。

ところが!
日付が変わっても雨は激しくなる一方。
改札では、駅員に詰め寄る乗客でごった返し、ホームも人があふれ帰っていた。
売店ではお弁当を始め食料類はほとんどなく、私が手に入れたものはお土産用の饅頭のみ。
新幹線が4台ホームにたまっていたが、そのいづれも、バッテリーが少なくなり、長い車両のうち開けていられるドアが2つだけ!
車内のトイレも水がなくなり、トイレは駅構内まで降りていかなければならない。
9月の暑い最中だったが、クーラーももちろんバッテリー不足のためつけることが出来ない。
既に改札は開放しており、全員自由に外に行き来は出来る状態だったが、岐阜羽島駅の周辺は見事なほど閑散としていて、コンビニを探しにいった乗客が「歩いて40分くらいのところに1件コンビにがあった」と報告する始末。
大雨の中40分も歩く勇気のない大多数の乗客たちは、そこで諦める。

初めて経験した状況の中、私は一人ぼっちだったので、饅頭と売店でゲットした単行本を手に、隣ののぞみ号の普段は乗らないグリーン車の開いている席に座り、寝ることにした。

朝、5:00過ぎ、2時間くらいしか眠れず目が覚めると、そこは戦場だった!
空腹状態の子供が泣き叫び、サラリーマンは駅員に怒鳴りまくる。
どこから来たのかマスコミのカメラがその状況を取材。
8:00を過ぎたころ、やっとどこからかお弁当が売店へ補充された。
さすがにお腹が空いた私も買いに売店居並んでみたが・・・・、すごい行列。
特に母親は何とか子供たちに食べさせるため必死。
・・・・私は絶対諦めて先に死ぬタイプだわ・・・と思いつつ、行列に並ぶ元気もなく、隣の売店のスナック菓子で空腹を満たした。

そうやって時間が過ぎ・・・やっと発車したのが、昼の2:00くらい。
発車の放送を聞いて、一番先に発車するのぞみ号に乗客は集まってきた。
運良く、その列車に乗っていた私はそのままグリーン車を陣取り東京に向かった。
発車してすぐ、外の景色を眺めたところ・・・畑も家も泥水に埋まっていた。
知らない人たちと、「こりゃ、発車できないわ・・・」と話しながら、名古屋へ。
名古屋を過ぎてやっと、おにぎり2つを支給され、やっと一息つく。
列車は新幹線とは思えないタラタラした速度で東京へ進んていった。

都内の見慣れた風景がこれほど嬉しかったことはない。
東京駅に着く直前、車内アナウンスで「○○発、のぞみ○○○号、ただいま、26時間○○分の遅れを持ちまして東京駅に到着いたします」。
満員状態で見知らぬ人同士だったが、あの戦場をくぐりぬけてきた同士、一斉に苦笑し「26時間って・・・・」と絶句したのを覚えている。

ちょっとしたパニック状態、飢餓状況。
今考えたら貴重な体験かも・・・。
でも、二度と味わいたくはない。

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10/13

先日仕事の移動で、姫路から長野へ最終で向かった。
電車の移動はそれぞれの空気を感じられて興味深い。

その日、姫路-東京は最終間近の新幹線。
車内はシーンと静まり返り、時々どこかの席でお弁当を開く音や、缶ビールを開ける音が聞こえるのみ・・・。
疲れきった出張帰りのビジネスマン達がほとんど。
そこには各自の交流はほとんどない。
すぐ隣の席にいる人も遠く感じるほど・・・。
私も私で帽子を目深に被り、ジェケットを毛布代わりにして4時間弱ずっと眠っていた・・・。

そして東京駅で乗り継ぎをし、東京-上田の新幹線へ。
今日は何があったのだろうと思うくらい、元気いっぱいの団体客!
仕事を終えて最終で宿に入り、明日から信州旅行に行く人。
東京ディズニーランドの袋いっぱいにお土産を入れて自宅へ帰る人。
そしてその日は(翌日のニュースで知ったのだが)、SMAPの東京ドームでのコンサートがあった日、大きくSMAPと書かれたビニール袋を持ってまだ興奮冷めやらない若者たち。
長野新幹線の車内は、修学旅行のように華やいでいた。
私が大きな荷物を荷台に載せようとすると、左右から手が伸びてきて、みんなで助けてくれた。
上田に行くまでの車内は横の席の人の存在を確かに感じながらのあっという間の1時間半だった・・・。

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