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June 2002

6/15

財布を忘れた。
気付いたのは駅に着いてから・・・。

こんなときこそ!
私が取り出したのはもしものときの5000円札。
こういういざというときのために私は手帳の裏表紙ににいつも5000円を忍ばせている。
この5000円、お年玉袋に入っている。
実はこれは亡くなった祖母が最後にくれたお小遣いの袋だった。

祖母は初の内孫である私をとても可愛がってくれた。
高校時代は休みになると、一人で京都にいる祖母のもとへ行っていた記憶がある。
私が大学生になってから、祖母は一人で生活することが困難になり、千葉の私の実家で生活をするようになった。
寂しさのあまり少しボケが始まっていたようである。
しかし千葉に来てからはすこぶる元気に機嫌よく、みんなにダメだと言われている犬の散歩までナイショで行っていた。

そんな祖母から、私は大人になってからも時々お小遣いをもらった。
祖母にとっては私は小さい子供のままだった違いない。
祖母はやはりボケているのか、イマイチ分からないが、お年玉ポーチに100円とか50円しか入っていないこともしばしばあった。
それでも私は大げさに喜び毎回お小遣いを受け取っていた。

そんな祖母がある日また「はい、聖子ちゃん、とっときや~。お母さんにはナイショやで。」と言って、小さなお年玉袋をくれた。
その中には珍しくなんと5000円札!お、ボケが治ったか??
それでも私はいつもと変わらぬ態度で受け取った。

それから数ヵ月後、祖母は息を引き取った。
84歳大往生。
千葉の私の田野家から、自分の娘たちの家3箇所を半年近くかけてまわり、そしてまた千葉に戻ってきて、夕飯に松茸とステーキをパクパク食べた次の日。
苦しむ間もなく、亡くなった。
最後の集中治療室には、「ニ親等までしか入れません」という非情な看護婦さんの言葉に私がいくら号泣して頼んでも、入れなかった。

そして私の手元に残ったのは、5000円が入っていたお年玉袋だった。

以後、ずっとそのお年玉袋はもしものときの5000円札入れ、私の手帳に常に入っている。
おっちょこちょいな私は祖母にいつも助けられる。
今日もまた助かったよ、おばあちゃん、ありがとネ!

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6/14

すごかった!
今日の六本木・・・。

みなさんは今日の日本戦どこでご覧になりましたか?
私はちょうど稽古中。
15:25~35に休憩を取ったので、最初の5分はチェックしたけど、そこからはまた稽古場に戻って読み合わせが始まった。

17:00過ぎ、公爵&ヴァイオラのラヴシーンの途中・・・
だんだん外が騒がしくなり、「ピーピー」という笛の音や「ウオー」という大声が・・・・。
これはもしや????
私は気もそぞろ!
演出家は熱く語っており、私の耳は外の喧騒にダンボ状態。
ちらっとその場面に出ていない役者の顔を見ると「2-0」と手で合図をしてきた!
私も机の下で小さくガッツポーズをしていた。

稽古が終わり六本木の街に出ると、何が起こったのだろうと思うくらいの大騒ぎ。
でも日本人って面白いね、ちゃんと秩序は守る!
信号をきちんと守り青になったら車道に出て大騒ぎ、赤の間は大人しく歩道で待っている。
そして、信号を嬉々として渡るみんなは雄叫びを上げながら、手を叩き、旗を振り、大声で歌い・・・。
警官も大変。
まるでディズニーランドのパレードのように、歩行者の信号が青から赤に変わりそうになると、一斉に出てきてテープをもって歩行者の一番後ろを区切る。

自分の駅に着いたら着いたで、今度は「世にも奇妙な物語」の世界に入り込んだような気になった。
駅の近くの小さな公園では、子供も大人もサッカーをしていた。
駅前では青いユニフォームで肩を組んで歌う若者たち。
この状況を飲み込めないのは世界で私一人のような気持ちになった。
テーマ曲でも聞こえてきそう・・・。

そういえば、阪神淡路大震災のときもオウムのサリン事件。
ちょうど舞台中だったのでいつもより少し遅く起きたため、TVを付けると、どこも同じ映像を流していて日本で戦争でも起こったのかと思うくらい、私の頭の中は混乱していた。
今日も全く同じ。
稽古場に入る前と出た後では世界が変わってしまっている。
びっくりした!

それはともかく・・・。
日本の底力!すごい。感動した。
音楽監督が「サッカーの日本チームのように練習のし過ぎで本番ダメにならないように・・・」と以前言って、みんなで「そうだね」と笑っていたが、その言葉も撤回しないとならない。
勢いに乗るチームはすごいもの。
私たちの座組みも勢いにのって初日の幕を開けるとしましょう。

 

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6/13

昨日稽古場に、ある役者が大きなサンドイッチを2つ買ってきた。
「ずいぶん食べるね」と言ったところ、「選べなくてつい買っちゃったんですよねー。」

よく分かる、その気持ち。

スーパーマーケット。
私にとって、優柔不断になる場所。
とにかく買いたくなくても、なぜかカゴいっぱいにいろんなものを入れてしまう。
それを全部買ったら、すごい金額になることであろう・・・。

そこで、今はこうしている。
まず、スーパー一巡し、自分の好きなものをカゴに入れる。
お菓子やら、何でも落ちる洗剤とか、山盛り!
そしてレジに行く前に自分で問い掛ける。

「聖子、本当に必要?」

そこから、また今度はスーパーを1周する。
今度はカゴの中のものを返す作業。
私は優柔不断な割に、返すときはきっぱりさっぱりしている。
元々、うちの中の掃除も何でも捨ててしまう人だから・・・。
カゴの中のものを返す作業も大好き!
そこで本当に残るのはほんのちょっと。
おそらく、一度カゴに入れることですっきりするんだろうな。

どうぞ、買い物に行ってつい買いすぎてしまう方、この方法をお試しを。

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6/12

私は空っぽの劇場が好きだ。

それに気付いたのは、「村岡伊平治伝」という芝居で四国に行った時のこと。
俳優座では基本的に、役の大小に関わらず、若手から順番に何人かはスタッフと共に移動をして、仕込みや楽屋作りを手伝う。
もちろん私は初舞台からほとんどの芝居が一番年下だったので、全ての地方公演は仕込み班と呼ばれる若手だった。
しかし、この「村岡~」だけは若手の女優の数が多すぎ、全員仕込み班に入っても邪魔だ、ということで、A班、B班に分かれる事になった。
私は前半に仕込を行う、A班として作業を手伝っていた。

そして後半は、本隊として仕込み終わったころ楽屋入り。
初めての経験。
そこで愕然とした。
舞台に行ってみたら、セットはもちろんのこと、照明も、音響も全て準備万端!
今すぐ本番ができる状態だった・・・・。

仕込み班のとき何が楽しかったかと言えば、まだ何も搬入していない素舞台の上から客席を眺めること。
誰もいない客席の奥までを静かに見ているその瞬間が好きだった。
そして一つ一つ、セットが運び込まれ、世界が出来上がっていく。
そして舞台を終え、最後に空っぽになった舞台から客席を見る、あのなんともいえない、寂しささえ感じる瞬間・・・・。

「村岡伊平治伝」。初めてその瞬間を味わえなかった芝居だった・・・。

今回の「十二夜」。
私は台詞も歌も多いから、体調を整えて欲しい、と言われ、年功としては下だが、全面的に仕込み班から抜けることになった。
先輩、後輩、みんなの気持ちが、本当にありがたかった。
・・・と同時に少しだけ寂しくもあった。
こうやって、少しずつ新人から若手、若手から中堅、そしてベテラン・・・と、時が経っていくんだな・・・。
そして、私の大好きなあの空っぽな舞台を観ることもなくなっていくんだな・・・。

その、時の積み重ねに、私は中味がきちんとついていくんだろうか。
いつまでも`空っぽな舞台が好き´という心は残しつつ・・・。

 

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6/10

カエルの子はカエル。

うちの劇団に佐藤あ○りちゃんという女の子がいる。
彼女とは今から地方公演を行う「十二夜」という芝居で共演、今も毎日稽古場で顔を合わせている。
このあか○ちゃん、とても話が面白い。
彼女が話すとどんなつまらない話でも、必ず面白いものに変わり、周りの人がオチでこけたときも、何気なくフォローを入れる。
実は彼女、三笑亭夢之助さんのお嬢さん。
やはり子供のころから、毎日落語を聞いているのだろうか?
もしくはお父さんの食べ物リポートの練習でも聞いているのだろうか?

水辺に育った子供が水泳がうまく、北国の子供がスキーがうまくなるのは当然のこと。
然れば、喋りのプロから生まれた子供は、そりゃ、話も面白くなる!
このごろ2世タレントが増えているが、馬鹿にしたものではない。
ま、どこかの国の偉い人の息子ような、七光りだけをうけたタレントはどうだか知らないが・・・。

毎日彼女とあって、いろんな話を聞くのがとても楽しい。
ちなみに○かりちゃん曰く、「私は、妹といたら`ギャグが古い´とダメ出しを受ける」らしい。
彼女自慢の妹さんは吉本の芸人さんを経て、今は福祉の勉強のため大学に通っている。
あか○ちゃん以上に話の面白い人から介護されたら、そりゃ、みんな元気になる!
ぜひ一度、妹さんの素の喋りも聞いてみたいものだ。

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