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June 2002

6/28

先日、体重の話をしたので、今回は身長の話を・・・。

子供のころから私はクラスで1.2を争う背高ノッポだった。
可愛気のない子供だと、自分で感じていた。
とにかく背が小さい子に憧れた。
「前ならえ」のときはぜひ一番前で腰に手を当ててみたかった。

小学6年生のころこんなことがあった。
学校の近くで見知らぬおばあさんに声をかけられた。
「○○小学校はどこですか?」
ちょうど私が通っていた小学校だったので、私はすぐさま答えた。
「そこの角を曲がってすぐのところです。私もそこに通っているので。」
すると、「あぁ、先生ですか!」

作り話ではない。
「いえー、違いますよ。小学6年です。」と笑って答えたものの、おばあさんは驚いた様子で「そうですか、いや、あなた先生に見えるよ」。
・・・悲しかった。
身長が高いのは、コンプレックス。
もっと幼かったころは猫背で、母に注意されていた記憶がある。

身長の伸びが止まったのは案外早かった。
中学に入り、どんどん周りのこの背が伸びていき、私は平均身長に近くなっていった。

でも私の意識は幼いころのまま。
「自分は背が高いんだ。」
その意識は大きかった。

俳優座の入所試験。
受験のための履歴書に身長と体重を書く欄が当然のことながらある。
私は19歳当時の自分の正確な身長が分からなかった。
しかしこの意識だけはまだあったのだ。
「私は背が高いんだ。」
そこで、大体このくらいかな・・・と思える身長を書いた。
ちなみにもちろん、体重は誤魔化した。

入所試験に受かり、無事研究1年生として俳優座に通いだした。
同期にはモデル出身のスタイル抜群の女の子がいて、彼女の身長が165cmくらいだった。
他の子は160cm~162cmくらいでほとんど同じくらい。

ある日私は、映画放送部に呼ばれ、オーディションを受けに行くように言われた。。
同期の中で私一人が書類選考に受かったとのこと。
初めてのオーディション。
私は喜んで受けに行った。

映画のヒロインのオーディション。
中国人の女性の役だった。
ところが、なぜか私以外、他のプロダクションから来ている女優さんはみんなモデルのようにすらっとしていた。
その中で私一人がチビデブ。
最後に一列に全員水着姿で並ばされたときは、恥ずかしくって逃げ帰りたくなった・・・。

もちろんそのオーディションは落ちた・・・が、なぜそんなことになってしまったかというと・・・
私は入所試験の履歴書になんと168cmと書いた。
そのオーディションは身長が高い女優を集めていたらしい。
そのオーディションで生まれて初めて自分の背を低いと感じた。
その後、同期の面々から「聖子はそんなに背は高くない!」と断言され、自分の本当の身長を知ることになる。

今は中肉中背。
平均的な体系になってしまってからは、背が高かったり、多少丸かったりという特徴ある体型を少しうらやましくも感じるようになった。
結局はないものねだりって言うことなのだが・・・。
身体的特徴はその人の個性にもなる。
コンプレックスを自分の武器に転換するのはそんなに難しいことではなのかもしれない。

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6/24

出来上がった衣裳を合わせにいった。
すると衣裳部さんに「聖子さんは体型が変わらないわね」と言われた。

え!とんでもない!

そういえばよく人から「細くていいね」「太らないでしょう?」と言われる。
私の昔を知ってる人たちは大笑いするだろう。
正直に言おう、はい、私は太っていた。
俳優座の研究生くらいまでは本当に太かった記憶がある。
最高期は今より15キロ近く重かった。
だから、若い子で「私なかなかやせないんです」と言っている子には笑顔で「大丈夫、ある年齢過ぎれば自然にやせるようになるよ」と自信を持っていえる。
今、無理してやせることはない、と。

その当時、このごろ体が重いなぁ・・・と思っていはいたが、体重計に乗るのが怖くって自分の体重を把握していなかった。
そして、友人と夜中のファミレス生活をエンジョイしていた。
ある日、電車の中で足を組もうとしたらなんと組みにくい!!!
手で介添えしなければ足がきちんと組めない。
そこで初めて恐怖を感じ、恐る恐る体重計に・・・・。
なんと62キロ!!!!
今の私しか知らない人はみんなびっくりする体重。
いやいや、私自身も驚いた。
重くなってるとはいえ、60キロを超えるとは・・・。
そこから、涙ぐましい努力が始ま・・・・ったわけではなかった。
ただ、唯一気をつけたのは夜中のデニーズ通い。
友達に誘われても、それだけは断った。
すると1ヵ月で見事7キロ減に成功!

初舞台のときに、一着、私のためにピンクのドレスを作ってもらった。
しかし演出家から直前に「違うドレスにするように」という指示があり、そのピンクのドレスはお蔵入りとなってしまった。
時は流れ、6年後「十二夜」の初演のとき、その衣裳と対面することなった。
衣裳部さんが「あなたのために作ったんだから」ということで、倉庫から出してきてくれたのだ。
そのピンクのドレスは採用が決まり、寸法直しをしてみると・・・、うわ!ガボガボ!!
かなり寸法をつめることになってしまった。
6年前はそんなに太ってると自分では思っていなかったが、月日が経つと確実に体型も変わるらしい。

今回、2年前の初演の時の衣裳、きつかったらどうしよう・・・と思い、今回衣装合わせをしたが、以前の衣裳は無事体に合った。
些細なことだが、こんな小さなことに安堵の息をもらし、ちょっぴりうれしかった。
そういえば、研究生のころの私は、発表会のたびに衣裳部さんに衣裳のサイズを大きくしてもらっていた。
当時は衣裳さんも大変だったと思う。

女性にとって、体型と体重はいつも頭を悩ますもの。
でも、あまり神経質にならず、のんびり構えるのが一番いいのかもしれない。
何か集中できるものがあれば自然に体重は落ちるものだ。

・・・・な~んて、甘いものが大好きな私は、ちょっぴり自分にも甘い。

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6/21

「ら抜きの殺意」という芝居を観てきた。
物語は「見れる」「食べれる」などの「ら抜き」をする間違った日本語を使う世代と、間違った日本語を毛嫌いする男とのコメディ。

その劇中に諺の話が出てきたが・・・
恥ずかしながら、今日はじめて知ったことがあった。

「犬も歩けば棒に当たる」ってどういう意味だかご存知だろうか?
あたしはずっと「出歩いたために幸運に出会う」んだと思っていた。
でも、元々の意味は’犬が出歩けば棒でぶたれる’ことから「でしゃばって災難に合う」ことだそうだ!
劇中では’幸運に出会う’派は「日本語を知らない!」と怒られていたが、後半で今は両方の意味があるんだということで、堂々と辞書を振りかざして反撃に出ていた。
私も今、辞書を見たら、両方載ってる!
記憶違いだろうか?学校では、’幸運に出会う’という意味で習った気がするが・・・。

またもう一つ、これは大人になってから知ったことだが・・・
「情けは人のためならず」という諺の本当の意味。
今までは、その意味をこう思い込んでいた。
「情けをかけることは結局その人にためにならないから、一時のことで情けをかけるな」
でも正しい意味は・・・
「情けを施していれば必ずその報いが来る」
え?!つまり、’だから人にどんどん情けをかけなさい’という意味・・・全く今まで思っていたのと逆。
私の周りの友人に聞いたところ、ほとんどが、「情けをかけるな」という意味だと思っていたという。

正しい日本語。
それがどこにあるのか。
それは日本人が今まで育んできた文化の歴史でもあるし、また、その時代時代の生ものでもある。
諺で言えば前者のように使う需要や浸透度に合わせて、意味が増えていくものもあるし、後者のように違う意味で使っている人が多くても、その意味を変えないものもある。
美しさというものは歴史とともにその時代によっても価値観が変わるはず。
だが生き物として進化を遂げながら、日本語の持つ独特の美しさは失って欲しくない。

休憩時間ロビーに行くと、若い子が「敬語のところ、どこが間違っているのか自体、意味分かんない!」など言ってるし、年配の方は「若い子の台詞のところは街中で聞くような言葉で、なんのことか分からないね。」という会話・・・。
私は幸運にも両方の意味がとてもよく分かった世代。
これからの日本語の進化を手助けする世代になるのであろう。

コギャル言葉に眉をひそめている自分は決してもう若者ではないと思っていたが、諺でこんなに思い違いをしているとは・・・。
進化途中人間として、私も世間の流行言葉ではなく、自分に一番合う、自分だけの言葉でしゃべられるように心がけよう。

日本語を使う仕事をしている身として、心が引き締まる思いがした。

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6/20

うちのFAX電話、子機がそろそろ危ない。
変え時が近づいている・・・。
電化製品って壊れるときは、次から次へと寿命を迎える。
いっぺんに壊れていくから、困ってしまう。

一番悲しかったのは5年前に壊れたTVだ。
朝起きて、まだ目が覚めないときに、とりあえずTVをつけてボ~っとしていた。
すると、「パチン!」という音と同時に画面が真っ暗になった。
私はというと・・・・
大げさに聞こえるかもしれないが5分近く呆然としていた。
普通は今回の電話のように、予兆があるものだ。
電源が入りにくくなるとか、画面が薄くなるとか・・・。
それがTVのときは前触れが何もなしに見ていた画面が目の前で消えた。
本当に悲しいというか・・・空しいというか・・・・。
私はただただ、何も映っていない真っ暗な画面を見つめるだけだった・・・。

それを考えたら、急に電話が使えなくなるよりも早め早めに買い換えたほうがいいか・・・。
でも、この子機、バッテリ容量が少ないだけでまだ使えるし、親機は何も支障ないんだよね。
そんなこと言ったら、いまどき珍しい二層式洗濯機も変えたいし・・・。
そうやって考えてる間に、新製品続出の家電業界・・・憎らしい。

どうしようか・・・今が悩み時。

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6/17

先日、「十二夜」の旅先でのいろいろな話し合いが持たれたとき、私は初舞台のことを思い出していた。

私は一番若手だったので、スタッフさんのお手伝いをすることになる。
もちろん、舞台中の道具の出し入れなども、分担するわけだが、私にとって分からない言葉がいっぱい!
「聖子、そこ行って来いな。」「あ、聖子それわらって」「そこは飼い殺し」
・・・・????
何語をしゃべっているか・・・?????
その世界の専門用語を知るということは一つ一つ成長してゆく証でもある。
そして、戸惑わず、何をやるか、ということも大切なこと。

私、ここで懺悔したい。
初舞台の終演後のバラシのときほんとに何をやったらいいのか分からなかった・・・。
しかもただ立ち尽くしていたら、それこそ足手まといだし、怒られてしまう。
そうだ!誰かスタッフさんが行ってた!「やることがないときは、とにかく走れ!」って・・・。

そこで私は、とにかく舞台の下手から上手に走り、そこでしゃがんで釘などを探し、また上手から下手へ全速疾走してしゃがむ。
この行為を繰り返した。
そう、ただ右から左、左から右へ走り続けているだけ。
そして「誰か手が空いてる人!」と呼ばれたら、嬉々として手伝いに行った・・・。

こんな使えない若手・・・スタッフさんたちもさぞ足手まといだったと思うが、いろんなことを教えてくれた初演のスタッフさんたちに本当に感謝している。
今は、私も少しは、何をすべきか分かってきたからね!
・・・・・多分。
今度旅公演で一緒になったら、成長振りを楽しみにしていて欲しい。

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